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キャンディタワーの特集を楽しみにして下さっている一億三千万人の読者の皆様♪今月もお待たせしましたぁ〜(>ロ<)第4回目となる今月はアメリカのセックスシンボルと呼ばれ、今の時代でもその妖艶な魅力で人々を魅了するマリリン・モンローの特集です。映画のような波乱万丈な彼女の人生・・・この特集で知らなかったモンローに出会えるかもしれませんよ。


 1926年6月1日、ロサンゼルスの総合病院で元気な女の子が産声を上げました。彼女の名は、「ノーマ・ジーン・ベイカー」そう!これから世界に名を残すマリリン・モンローその人です。母はグラディス・ベイカー、父はエドワード・モーテンセン。本来ならば両親の腕の中で愛されるべきところですが、彼女が産まれた時にすでに父親は失踪。。。その原因は当時、母親と恋愛関係にあったスタンリー・ギフォードだと言われています。そんな状況で産まれて来た我が子を心の底から愛することのできない母親は、彼女を生後12日目で里子に出してしまいます。

そして、彼女が1歳の時に事件が起こります(>。<)祖母のデラがマリリンを枕で押さえつけて殺そうとするのです(T◇T)マリリンはその後、この事実を知り「睡眠恐怖症」になってしまうんですって。。。。当時のことを振り返って「私は間違いで生まれたの。母は私を欲しがらなかった。一度も。たぶん私が邪魔だったのね。母にとって私は恥だったのよ。」と語ったそうです。そんな幼少時代の体験がモンローの笑顔の下に隠されていたんですねぇ。


 マリリンが5歳の時に、母親のグラディスが精神病院に入院してしまいます。その後、精神病院を退院した母に引き取られ、一緒に住むようになるのですが、空白の5年間、親子の愛情を確かめる間もなく、母親は再び入院をすることになってしまうのです。その後、二つの家族の里子になったあと、母の友人グレイスに引き取られ、マリリンはセルマ・アベニュー・スクールに入学します。

 孤児院の隣にはRKO映画のスタジオがあり、マリリンは華やかな映画の世界に淡い夢もつようになりました。出入りする高級車や素敵なドレスを身につけた女優達をマリリンはどんな思いでみていたんでしょう♪でも、まだその時には自分がその世界の頂点に立つことは想像もしていなかったに違いありません。

 1935年、マリリンが9歳になったときに母の友人であるグレイスが結婚することとなり、またもロサンゼルス孤児ホーム協会というところで生活し始めます。大人の勝手でマリリンはとっても辛い経験をしたんですo(ToT)o 

 そんなマリリンを心から愛してくれる人がついに現れました。母の友人であるグレイスのおばさんにあたる人で、名前はアナ・ロウアー。彼女は生まれて初めて人間的な愛をマリリンに教えてくれた人で、彼女との付き合いはアナが70歳で他界するまで続いたそうです。もしもアナが居なかったら・・・マリリンと私達の出会いもなかったかもしれませんね。


 中学生になったマリリンは、自分が男の子達の熱狂的な関心の的になっていることに気づきます。子供の頃には誰にも身向きもされなかった自分が少女から大人への階段を上っている時に、こうして男の子達に注目されたことで自分の魅力に気がつき自信が出てきたのでしょうねぇ〜♪でも、この頃のマリリンの夢はハリウッドで有名なメイクアップアーチストになることだったんです(^^;;

 マリリンはこんな言葉も残しています「子供の頃は誰もきれいだと言ってくれなかった。でも、どんな女の子でもきれいだと言って育てられるべきよ。だとえキレイじゃなくってもね(笑)」アナタは周りの女性達に「キレイだよ」って言葉をかけてあげていますか?

 1942年後身人のグレイスが引っ越すことになり、次の後身人が居なくなってしまうためにグレイスはマリリンを結婚させることにするんですねぇ その時、マリリンは若干16歳。結婚相手は、近所に住む20歳の青年ジム・ドハティでした。新婚生活はそれなりに幸せな時間を過ごしたんだそうです。

 

 夫ジムがロッキード航空機工場の工員だったため、サンタ・カリナ島の海軍基地へ夫婦で転勤することになります。そこで陸軍カメラマン、デビッド・コノーヴァーの目にとまりマリリンを写真に収めます。これがブルー・ブック・モデル・エージェンシーのお偉いサンの目にとまっちゃうわけなんですねぇ〜 さぁマリリンの運命が動き出した瞬間ですv(≧∇≦)v  そのモデル事務所のミス・スナイブリー下で専属モデルとして仕事を始めます。

 1945年ミス・スナイブリーの薦めで髪の毛をブロンドに染めます。その時、マリリンはとっても嫌がったそうです。人の手によって自分が変わってしまうことが嫌だったのかもしれませんね。1946年20世紀FOXと契約、芸名をマリリン・モンローとし、ここにアメリカを代表する妖艶な女優マリリンの誕生となるわけです。しかし、夫、ジム・ドハティが仕事に理解を示さなかったためにマリリンの結婚生活はこれを機に終わってしまうのです。でもマリリンは仕事を選びます。今までの暗い生活から飛び立つ・・・まるで籠の中のカナリヤのように。。。。


 マリリンが21歳。「嵐の園」でスクリーン・デビューします。「嵐の園」での台詞は「ハロー」の一言でした・・・がっ その一言の台詞でさえカットされてしまうんです。可哀想なマリリン。その後、20世紀FOXも解雇されピンナップ写真のモデルに戻ることになってしまうんです。その時にカレンダーの撮影のため、ヌードとなるのであります()゜ロ゜)」

22歳になると彼女の前に一人の人物が現れます。その名はジョニー・ハイド。彼の尽力で、マリリンは20世紀FOXと再び有利な契約を結ぶこととなるのですo(^▽^)o しかし、そのジョニー・ハイドもマリリンが24歳の時に心臓発作で急遽してしまいます。その時、マリリンも自殺未遂をおかしてしまいます。自分を愛して応援してくれていたジョニー・ハイドが居なくなることは、愛された経験の少ないマリリンには耐えがたい苦痛だったんでしょう。話を聞くだけで心が痛みますよね。

 そんな痛みを乗り越えてマリリンはまた仕事に没頭しはじめます。マリリン26歳の時に23歳の時に撮影した石油会社のカレンダーが出回り、これが人々の目にとまりマリリンの黄金時代がはじまるのです♪


 1953年マリリンが27歳の時に主演した「紳士は金髪がお好き」が大ヒット(*`∇´*)v お金と宝石が大好きで、ちょっとおつむが弱い金髪美人、ローレライ役をとってもキュートに演じましたよねぇ♪窓にお尻がつっかえちゃうところなんで超キュートですよねっ♪

そんなヒット作を演じたマリリンのヌード写真がプレイボーイ誌の表紙に使われます。そしてアメリカ男性の身も心も虜にしてしまうのです。そんな絶頂期の中1954年野球選手のスター、ジョー・ディマジオと結婚します。新婚旅行で行った韓国では駐留している米軍の慰問のため氷点下の中スリップドレス一枚で歌を歌いました。この話はマリリンのエンターテナーとして心意気を感じる有名な話ですねっ♪

 その後もマリリン「ショウほど素敵な商売はない」、「帰らざる河」出演し人気を不動のものにしていきます。そして、あの超有名かつ名作がうまれます、そう!「七年目の浮気」です。映画を見たことのない方でも、あのスカートが地下鉄の通気口からの風でふわっとめくりあがるシーンはご存知でしょ?しかし、あのシーンに旦那のジョー・ディマジオが激怒( ̄へ  ̄ ) マリリンは離婚してしまいます。そんな私生活を払いのけるように29歳でミルトン・グリーンと共同で、マリリン・モンロー・プロダクションを設立、30歳で主演した「バス停留所」でハリウッドに復帰したのであります。

 

 1956年劇作家のアンサーミラーと結婚しますが、31歳で流産を経験し、睡眠薬の飲みすぎで昏睡状態に陥ってるところを発見されます。マリリンの心と体が少しづつ悲鳴を上げだしたのを周りの人もマリリン本人もまだ気がついていませんでした。32歳で「お熱いのがお好き」がクランクイン、その時、マリリンは二度目の流産をしてしまいます。翌年の1957年マリリンは精神の安定を欠き一時精神病院に入院してしまうのです。そんな中、「お熱いのがお好き」でゴールデン・グローブ賞を受賞、大衆はマリリンの光の部分しか見ることはなく、マリリンは心の奥の闇の中でもがき苦しんでいることは誰も知る由もなかったのです(T-T )( T-T)

1960年34歳の時、その後大統領になる選挙運動中のケネディーと交際を始めます。このケネディーが彼女の最後のキーワードになり、謎になっているのは現代でも有名ですよね。1962年この年、マリリンは、「女房は生きていた」の撮影で遅刻、すっぽかしの連続をします。心の叫びをきっと誰かに気がついてもらいたかったのかもしれません・・・。小さな子供のように心の痛みを気づいてもらいたいのをそうゆう方法でしか表現できなかったのかもしれません。マリリンは33日間の撮影期間で、彼女がカメラの前に立ったのはたった7分間だったのです。

 そして運命の日がやってきます・・・・そうマリリンの命日。8月5日です。今でも多くの謎に包まれたマリリンの死。公になっている原因は「睡眠薬の過度の服用による急性中毒死」。マリリンは自ら決断し、その人生に幕を下ろしたのです。

 

 マリリンが死を選ぶ直前にライフ誌でのインタビューで語った言葉があります。「朝、表に出ると、57丁目の通りを行くゴミ収集人達が私に声をかけるの、『マリリン、おはよう!元気?』私にはとっても誇らしい事よ。だからあの人達が大好き。労働者の人たちが。 」 もしかしたらマリリンはスターである自分に疲れてしまっていたのかもしれないなぁ〜とこの言葉を聞いて思いました。生まれたときから苦労の耐えなかったマリリン。でもやはりマリリンは愛すべき女性で魅力的で官能的な女性ですよね♪それを証明しているのが今も語り継がれているマリリンの伝説だったり、笑顔の写真だったり、キャンディタワーにあるようなブリキ看板だったりなんですから。

人生、ほんとにいろいろなことが起こりますが、私達も前向きに生きぬいたマリリンのように、いつも前を向いて、周りの人を愛し愛されながら生きていきたいものですよねぇ〜♪

ご精読ありがとうございましたぁ♪"( ^ - ^ )ノ~~マタネー☆'.・.・:★'.・.・:☆

 

 
 
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