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さてさてぇ 今月の特集はメジャーリーグでございます。昨今は優秀な日本人選手がアメリカに渡り、日本のプロ野球ニュースでも見ることが出来るようになったメジャーリーグですが、まだまだ知らない事がたくさんありますよねぇ〜 
アメリカのナショナル・パスタイム(国民的娯楽)の奥深さをこの特集で感じてもらえたら幸いです。



 野球の始まりとして有力な『1839年、ニューヨーク州にある村クーパーズタウンの緑地において、当時20歳のアブナー・ダブルデイがベースボールというゲームを考案した。』という話を皆さんはお聞きになったことがありますか?この証言はアブナー・グレイブズという人が自分の60年前の遊びを思い出して語ったことで、ベースボールの始まりとして信じられていましたが、この説は20世紀初頭、ダブルデイの経歴を調べたことで、この説の矛盾が見えるようになってきてしまうのです()゜ロ゜)」

 その矛盾というのもダブルデイが1838年9月からウェストポイントの陸軍士官学校に入り、1842年に卒業している。クーパーズタウンからウェストポイントまでは約100マイルも離れており、しかも名門士官学校であったため、休暇を取るのはほとんど不可能に近く、ダブルデイが1839年にクーパーズタウンにいたという可能性はほとんどないことやダブルデイが毎日欠かさずつけていたという日記にもベースボールに関する記述は出てこないことなどがあげられました。

 このような矛盾点から、1905年にベースボール起源論争が起こり、1907年には【誰がどこで作ったのかよりベースボールはあくまでアメリカ独自の競技である】と正式に発表されたのでした。

 ベースボール殿堂にその名を刻んだアレキサンダー・カートライト1907年のベースボール起源調査委員会の発表により、それから12年後、クーパーズタウンの投資家グループが土地を買収しました。どこの土地かと言えばグレイブズの証言にある仕立屋の裏の空き地で、そこを「ベースボール生誕の地」と名付けました。そのとき丁度、ダブルデイによる発明の100周年である1939年を迎えようとしていたのでありました。(ёё。)(。ёё)。

 時は折しも大不況時代、ベースボールの人気回復に結びつけようとダブルデイ・フィールドと博物館と殿堂とをつくることを計画、全米ベースボール記者協会は1936年から殿堂入りの選手を選出していたとき・・・自分の祖父のアレキサンダー・カートライトも何らかの形で表彰されるべきなのでは?と全米ベースボール記者協会にホノルルに住むブルース・カートライト・ジュニアと言う人が連絡を入れた事から始まるのですo(≧∇≦o)

 1842年、アレキサンダー・カートライトは自分が創設した消防団の団員の体力不足解消のためにタウンボールというスポーツを取り入れました。しかし、子供の遊びのタウンボールにはファールが無い・投手は下手から打者の打ちやすいボールを投げることなどアバウトなルールがあったので運動不足の解消にはもってこいでしたが、大人には物足りないとアレキサンダー・カートライトは思い出したのでありました(^^;;

そしてアレキサンダー・カートライトは考えに考え抜き改良ルールに、周りの助言を加え、全20条から成る綱領がまとめたのでありました(へ_へ)V 主なルールとしては、ファールラインを設ける・ランナーに球を当ててアウトにする代わりに、塁に球を送ることでランナーをアウトにする刺殺を設ける・アウト3つで、攻守交代でございまして、現在のベースボールと差ほど変わらないですよね♪

 ファールラインは「やる」側と「見る」側の分離を引き起こし、結果として「見る」スポーツへの発展の1歩を踏み出し、ランナーに球を当ててアウトにならなくなったことは、それまでに使っていた柔らかいボールから、飛距離の出る硬いボールの使用できるようになったのです\(^_^)/ その他には、塁間をそれぞれ90フィートに定めることや、守備側のポジションを明確にし、また驚くことにすでにボークの規定まであったんですって(@o@;)このような功績からカートライトは1938年に殿堂入りが急遽に決まり、こうして、ベースボールが生まれた歴史を刻むことになったのであります。

 

 メジャーリーグの誕生は今からさかのぼること133年前の1869年に初のプロベースボールチーム「シンシナティ・レッドストッキングス」が誕生したことから始まります。このシンシナティ・レッドストッキングスがアメリカ国内を巡業し、130連勝を記録。これが火付けになりプロベースボールチームがアメリカ国内に急増するのでありました。

 1876年にはナショナル・アソシエーション(1871〜1875)が母体となり参加チームは8球団の「ナショナル・リーグ」が創設されることになります。ナショナルリーグに遅れること24年の1900年にはアメリカン・アソシエーション(1882〜1891)が母体となり参加チーム8球団の「アメリカン・リーグ」が創設されました。この二つのリーグが誕生したことでメジャーリーグは色々な歴史や事件を生み続けることになるのです。


 皆さんはメジャーリーグの選手と言えば?と聞かれたら誰と答えますか?イチロー、新庄、サミー・ソーサでしょうか・・・

 では、歴代の選手は?と聞かれたら誰と答えますか?野球をはじめて格闘技にした男、生涯打率.366という驚異的なメジャー歴代1位の記録を持つタイ・カッブ、アイアンホースと異名をとったほどのダイナミックなバッティングホームのルー・ゲイリック、メジャー最後の4割打者として殿堂入りを果たしたデット・ウイリアムス、

メジャー最速の男スピードガンで球速100マイル超(162キロ)の球を投げたノーラン・ライアンでしょうか?メジャーの歴史の中には偉大な選手がたくさん活躍しましたよねぇ(=●^0^●=)v

 そんな中でも忘れちゃいけないのが、やっぱりベーブルースです。絶対、ベーブルースです(笑)ベーブルースを語らずしてメジャーリーグを語らずなかれ!それぐらい偉大な選手なわけです(^−^)v長嶋さんがミスタージャイアンツならベーブルースはミスターメジャーリーグって事になるかもしれませんね♪


 1919年、メジャーリーグ全体を震撼させた『ブラックソックス・スキャンダル』といわれる八百長事件が起こります。ブラックソックスなんて聞いたこと無いぞ?と思われる方もいらっしゃると思いますが、実はこのブラックソックスは「シカゴ・ホワイトソックス」のことなんですよ(‘o’=) なぜ、ブラックソックスと呼ばれていたかと言うと、野球界きってのケチな球団オーナー、チャールズ・コミスキーから洗濯代を要求された選手たちが、じゃあ洗わなくてもいい、と黒く汚れたユニフォームを着ていたからだそう呼ばれたそうです ┐(´―`)┌

 そんな球団に嫌気がさしていたホワイトソックスの一塁手チックガンディルはこのあたりで一発儲けて引退したい、そう思った彼はワールドシリーズで相応の報酬があれば(シリーズで)八百長をやってもいいと、周囲にほのめかしていたのでありました(~ヘ~;)

 そんなチックガンディルに取引相手が現れた。話を持ちかけてきたのはエーブ・アッテルとビリー・マハーグという名のシカゴの二人の賭博師だったが、その背後にはボストンのスポーツ・ギャンブラー、スポート・サリバン、さらに暗黒街の大物アーノルド・ロスティーンも絡んでいました。ガンディルの誘いに乗った選手は、ガンディルを含み野手6人と投手2人の計8人、試合結果は予定通りシンシナティ・レッズの優勝で幕を閉じたのでありました。

 その冬、著名なスポーツ記者、ヒュー・フラトンは爆弾記事を書きました。ワールドシリーズが買収されていた事を公けにしたのでした。その結果、この八百長に参加した選手たちはプロ野球会から永久追放され、メジャーのファン離れだけを残すことになったのです。

そんな暗くなったメジャーリーグの世界をホームランで救ったのが、ベーブルースでした(*・0・*) 今でこそホームランはベースボールの華と呼ばれていますが、ルースが活躍する前はホームランの評価は低かったんです。つまりルースが「メジャーリーグ=豪快なホームラン」時代を確立したと言っても過言ではないのです。

 

 あまり知られていないのが、ルースははじめはピッチャーだったことです。1914年、ルース19歳の時にレッドソックスへ入団。最初の6年間は、20勝以上を2回も達成し、ワールドシリーズでは29.1イニング連続無失点記録を樹立するなど、名投手と呼ぶにふさわしい記録を残しているんですねぇ()゜ロ゜)」

  当時からバッティングのセンスもあり登板のない日はバッター&一塁手として打席に立ち1918、19年には投手でありながら、それぞれ11本、29本のホームランを記録し、ホームラン王に輝くのでありましたv(^―^)v 日本のプロ野球でピッチャーがホームラン王なんて考えられないですよね(^^;;

 


 1920年ベーブルースのベースボール人生の転機がやってきます。当時経営難だったレッドソックスが当時としては破格の12万5千ドルでルースのヤンキースへの移籍させたことから始まります。ヤンキースへ移籍したルースは完全に打者に転向し前年の29本を越える54本、次の年には59本とホームランを量産しました\(>▽<)/

 ルースのホームランを見るためにたくさんのお客さんが球場へ足を運び、そのホームランに熱狂したのでございますぅ。1927年にはシーズン60本のホームランを放ちアメリカ全土を熱狂の渦に巻き込んだのでありましたぁ。そして1974年ルースは世界記録714号を達成するのであります。

 その後、その世界記録をハンク・アーロンが塗り替え、さらにその上の記録を現ダイエーの監督である王貞治が塗り替えたのを当時の野球少年たちはルースの栄光を感じながら胸を熱くしましたよねっ


 ルースはワールドシリーズでももちろん活躍しました。得に有名なのが、1932年のワールドシリーズでの予告ホームランの姿。これにはいろんな逸話がありますが、中でも有名なのは病院で闘病生活を送っていた難病の少年のお見舞いに行き、その少年と「君のためにホームランを打つよ、だから君もがんばれ!」と少年だけに約束したという話ですよねっ♪

 そしてその約束どおり打席にはいるとセンター方向を指差し、ピッチャーのチャーリールートが投じた5球目のチェンジアップをセンター後方席に叩き込んだのでありましたぁ\\( ⌒▽⌒ )// バンザーイ 本当に予告なのかベイブルースは肯定も否定もしておらず、結論は誰にもわからないのですが一つだけ確かなことは今でも伝説を語っていると言うことでしょうねぇ〜(*⌒∇⌒*)ノ::・’°☆。

 そんなカッコいい伝説のポーズは多くのベースボール映画でもアニメでも決めのシーンとして数多く使われているので、予告ホームランのカッコよさは、皆さんもわかっていただけると思います(笑)映画「メジャーリーグ」でも主人公のキャッチャーが愛する女性のためにホームランを打つときにこの予告ホームランのポーズをしていました。

 もちろん映像の世界だけでなく、野球をやったことある方だったら、予告ホームランのポーズをやったことあるはずです。当然、私もありますよ(笑)公園で夕方遅くなるまで野球をして遊んでいたとき、必ず誰かがやってました(‐^▽^‐)まっ映画のようには決まらずボテボテのゴロだったりするんですが(^^;;打てないとはわかっていてもカッコいいポーズには憧れちゃうもんです。(^▽^) ハッハッハ

 だけど失敗しちゃうのは私たちだけではありません。あのルースも実はメジャーの歴代記録に残るほど三振も多かったんですよ!ちなみにその記録とは、歴代45位で1330個の三振をしました。ちょっと安心しましたね!


 おぃおぃ これって邦画「私をスキーに連れてって」のパクリじゃないのぅ?と思われた方。ちゃいませっせぇ〜 この【私を野球につれてって】はメジャーリーグの公式試合、7回の表が終了したときにスタンドの観客全員で歌う歌の題名でございます。英語題名は【Take me out to the ball game】と言います。最近では日本のプロ野球の公式戦でも歌われるようになりました( ^0^)θ〜♪ まさに野球の歌ともいえる有名な曲でなのであります。

映画「メジャーリーグ」でも流れますよね♪本場アメリカでは、リトルリーグの試合でも歌われるんですって(*^▽^*)ゞ 席から立ちこの歌を合唱することを『セブンスイニングストレッチ』といいます。ただ、7回表終了時にだけやるのではなく、試合が長引いた場合は、延長14回表が終わった時にも『セブンスイニングストレッチ』をします。

『セブンスイニングストレッチ』は1910年、ワシントンで行われた開幕戦で、当時のウィリアム・ハワード・タフト大統領が立ち上がり背伸びをしたのを見た観客が、まねをしたというのが定説になっているんですって(~▽~@)♪♪♪

 


「Take me out to the ball game」というのが発表されたのは1908年のことです。作詞は叙情詩人のジャック・ノーワース、作曲がアルバート・フォン・ティルザーです、長い唄ですが実際歌われるのはサビの部分だけでございます。ベースボールを愛する人たちの素敵な気持ちが詰まっている歌なんですねぇ「Take me out to the ball game」のサビの部分の歌詞は下の通りです。

このボタンを押すと音楽が再生されますよ!

Take me out to the ball game,
私を野球場へ連れてって

Take me out with the crowd.
あのの大観衆の中に連れてって

Buy me some peanuts and crackerjack,
ピーナッツとクラッカージャックを買ってくれたら、

I don't care if I never get back,  
帰れなくなったって構わない

Let me root, root, root for the home
さあ、ホームチームを応援しようよ!

team, If they don't win it's a shame
もしも彼らが負けゃったら悔しいけどさあ

For it's one two, three strikes you're out,
ワン、ツー、スリーストライクでアウトだよ。

at the old ball game.
それが野球ってもんじゃない

 

 

これで少しはメジャーリーグを楽しめるようになりましたねぇ(★^▽^)V 衛星放送で楽しむもよし、アメリカに行った時に観戦するもよし。アナタもおねだりしちゃいませんか?【私を野球につれてって!】ってね♪さてぇ私は誰におねだりしようかなぁ〜(笑)そんなこんなで今月の特集を締めくくらせていただきます。

ご精読ありがとうございましたぁ♪"( ^ - ^ )ノ~~マタネー☆'.・.・:★'.・.・:☆'

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